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2017年08月25日

九州北岸を行く(唐津編)

 六十五歳の誕生日を迎えるにあたり、小旅行を思い立った。八月六日から八月九日まで三泊四日の旅で、出発の日は広島、帰着の日は長崎の原爆の投下の日でもある。羽田、福岡の空港を往復する切符は、全日空のマイレージのポイントがたまり、無料で航空券が予約できたことも大きい。空と陸から慰霊をしたいと思ったからである。けれども、迷走台風が九州に接近し、その影響も考え、二週間後八月二十日に延期し、日程も一日短縮した。長崎の訪問は諦めることにした。慰霊の旅の見返りというわけではないが、長い間の喫煙の習慣を絶つことにした。旅から帰り、この紀行を書いている現在、禁煙は守られている。紀行に書くほどのことではない私事ではある。
 福岡市から列車で一時間あまりの距離に唐津市がある。県境を越え、佐賀県である。唐津市街地から烏賊料理で知られる呼子の港の近くに巨大な城跡が残っている。豊臣秀吉が晩年、ここに名護屋城を築き、朝鮮半島への侵攻の拠点とした。長い年月に風化したがその城の痕跡はしっかり残っている。近くの県立資料館の説明によれば、大坂城に次ぐ城郭の広さがある。天守閣があった場所からは、天気が良ければ対馬の島影も見ることができるという。
 

城跡には、大木が茂り蝉の鳴き声がしきりである。
太閤の 城跡とやら 蝉時雨
文禄・慶長の役という二度に渡る戦役は、秀吉の死によって終結した。朝鮮半島はもちろん、明の国を領土にしようとする野望は実現しなかった。このことが、豊臣政権の衰退滅亡を早めたとされる。名護屋城の周辺には、全国の有力大名が陣を置き、数年間ではあるがにわか城下町が出現したのである、多くの陣跡が発掘され確定されている。徳川家康も二か所に陣を置いているが、配下の兵士は海を渡っていない。
 この無謀ともいえる戦役は、多くの悲哀を生んだに違いない。明らかな侵略戦争である。四半世紀くらい前、慶州の近くにある仏国寺を訪ねたことがあった。案内してくれた韓国の人が、秀吉のことを責めていた。
 古寺に 悲話あり秋の 雨しとど
悲話の内容は忘れたが、恨みが五百年以上も国民の中に残ることを思い知らされて、心は暗くなった。この韓国人は女性であり、日本人青年に嫁ぐことになっていたからである。二人の仲人役として韓国に行った時の思い出である。
 話は飛ぶが、有田焼を創始したのは、朝鮮半島人である。有田にはこの人の碑があるという。李参平。文禄・慶長の役によって、多くの朝鮮人が日本に連れてこられたが、李参平のような優秀な陶工も含まれていた。伊万里焼は江戸期に海外に渡り、莫大な富を生むことになった。今も古伊万里といわれ貴重な価値がある。李参平は、有田の恩人であるが、今も子孫が窯を守っているらしい。旅の最後に訪ねることにしている。
 名護屋城址と唐津市街地の移動手段は、バスである。沢のような場所に稲田があるが驚いたことにもう収穫されている田もあった。友人が同行するわけだったが、こちらの日程の変更でかなわず、そのかわり割烹料理の店を予約してくれた。その店の名前は「天山」である。名前の由来は、唐津の地酒である。暑い地方の日本酒は、発酵が早まるためか製造に限界があるようだ。ホテルのチェックインを済ませ店に直行。店はホテルの隣にあった。
 予約した時間、店には客がいない。最後まで、たった一人の客となった。旅先でこんな経験は始めてである。カウンターに座り、店の主人と会話してみるが、多弁ではないが、短い言葉の中に含蓄のある内容に只者ではない雰囲気を感じた。老夫婦で店を開いている。生粋の佐賀人である。


 「佐賀モンの歩いた後に草が残らない」
しばらく聞かないでいた言葉である。佐賀の人の勤勉さを行っているのである。佐賀の乱の話になった。
 「こちらでは(乱)とは言わない。(役)というんです」江藤新平は、偉人であり。佐賀の乱は、義挙なのである。
話が進むうちに、ご主人は料理人だけではなく、多趣味な人だということがわかった。
カウンターの上に飾ってあった版画は、ご主人の作品であり、「唐津くんち」を描いている。食器やぐい飲みなどの唐津焼も自作である。無口なご主人の変わりに奥さんが教えてくれた。
「唐津くんち」は、秋祭りである。さまざまな曳山が街を練り歩くのだという。版画はその模様を教えている。話が弾み、地酒「天山」をしこたま飲んだ。二人予約にならなかった返礼のつもりもある。


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