☆☆☆荻原悦雄のフェイスブックはこちらをクリック。旅行記、書評を書き綴っています。☆☆☆

2017年10月06日

『暗黒日記』清沢洌著 岩波文庫


1942年の12月9日(日米開戦の1年目の翌日)から書き始め、終戦の年1945年の5月5日で終わっている。空襲が激しい中、江戸、東京の大火の歴史を綴っている。戦争を煽ったジャーナリストの代表格として徳富蘇峰をあげている。戦争遂行者、東条英機の太鼓もちとまで言っている。軍人では、末次信正、政治家では中野正剛、右翼では頭山満、笹川良一などの名前をあげて批判している。逆に交友があった人物として、芦田均、吉田茂、広田弘毅、石橋湛山、緒方竹虎の名前がしきりに登場する。小林一三、藤山愛一郎などの財界人、正宗白鳥、長谷川如是閑とは親しい関係にあったようだ。とにかく人脈が広い。経済的にも恵まれており、軽井沢に別荘を所有し、戦時中でもゴルフを楽しんでいた。アメリカに長く住んでいたから、合理主義であった。それよりも、自由主義と平和主義は筋金入りで、軍人や官僚の形式主義や封建主義を嫌っていた。戦時中は、言論界から政府権力に警戒され、遠ざけられていた。この日記は、日本の敗戦を意識、戦後をどうするか、そのための資料として書き残そうと考えたのである。清沢洌も愛国者であったのである。皇室への崇拝は、徳富蘇峰と同じであるが、戦後の象徴天皇観がある。亡くなったのが55歳と若い。


同じカテゴリー(日常・雑感)の記事画像
映画『晩春』小津安二郎監督 松竹映画
映画「関ヶ原」鑑賞
映画「麦秋」鑑賞
台風迷走
妙義ふるさと美術館
三方良しの精神
同じカテゴリー(日常・雑感)の記事
 ある結核保養所の歩み(建築の歴史)8 (2017-10-21 10:12)
 ある結核保養所の歩み(建築の歴史)7 (2017-10-20 16:50)
 ある結核保養所の歩み(建築の歴史)6 (2017-10-19 13:20)
 大河ドラマ『翔ぶが如く』 (2017-10-17 11:42)
 ある結核保養所の歩み(建築の歴史)5 (2017-10-14 15:26)
 ある結核保養所の歩み(建築の歴史)4 (2017-10-13 15:54)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
『暗黒日記』清沢洌著 岩波文庫
    コメント(0)