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2017年10月23日

ある結核保養所の歩み(建築の歴史)9

土地の購入と整備もすんなりいかなかった。用地買収ができたと思ったら、有料施設の建築計画が持ち上がり、税金の特別免除がなくなり、しかも開発行為の手続きが発生し、事務手続きの変更、追加用地買収の必要が発生、しかも補助事業がらみで期限が限られたことは交渉ごとだけに困難を極めた。施設への進入路の確保、一般道路の自費負担による拡張、近隣住民への補償問題、設計変更による用地の借り入れと取得。
 用地の取得の中で、国有地の購入はなんとも違和感があった。特別養護老人ホームの用地として購入した土地に隣接して町道があった。しかも途中で切れている。以前、宅地になっていて家があった名残であり、購入する必要が生じた。公の土地の上には建物が建てられないからである。河川があったところも公の土地で、青線と呼ばれている。道路は赤線である。この土地の購入は、手続きが簡単ではない。先ず、最初に管理している自治体の承認が必要である。購入先は、財務局である。前橋にあった。法人印と現金を持って手続きをしたのを覚えている。このような場合、「買い上げる」という。民間が買う場合は、「払い下げる」というのである。
補助金の申請書の作成も複雑だった。有料部分と特別養護老人ホームの共有部分である食堂の費用按分などは、行政側との折衝でもなかなか見解が出なかった。さらに建物の登記となると了解がなかなかでなかった。今から考えても根拠に無理があると思えるところがある。
 この施設建築の二年間は、定時に帰宅などはできなかった。午前様も週に何度あったか知れないが、もう遠い過去の記憶になっている。建築補助の申請書の提出は期限が決まっている。建物の完成の暁には、事務方の同志と杯を交わしたいと思った。この時、結核保養所の創設者は九十歳の高齢であったが、影に陽に励ましてくれた。自分の経験も交え話してくれたことは大いなる支えになったが、この保養所の歴史は、住まいの建築だと思った。「僕の人生は乞食のようなものだった」という一言には、なるほどそうだといやに共感するところがあった。純粋に結核患者、高齢者のその時代の目いっぱいに快適住環境を提供してきた歴史がある。
 


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