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2018年01月04日

アレキサンダーの征服領地の広さの秘密

20歳から、父親の暗殺と言う悲劇から、マケドニアの王位につき、10数年でインドの一部領域、エジプトを含め、ローマ帝国も為しえなかった東方の征服ができたのは、奇跡と言って良いのだが、統率した精鋭部隊の実力と、アレキサンダーのリーダーシップ。いわゆる、日本式に言えば「我は諸子の先頭にあり」という戦い方。そのために、何度も傷ついて命拾いをする。そのアレキサンダーを守る親衛隊が優秀だった。ペルシャの大軍に何度も勝てたのは、ペルシャ王が今川義元のような御仁と言ったら言い過ぎかもしれないが、決断の無さと、勇気の無さに助けられる。そして、ペルシャの内政をまかされた地方官をそのままとりこんだこと。但し、税収や軍事は任せなかった。それと、もっとも賢明だったのは宗教に寛容だったことであった。本国の政治を負かされた、父親世代の忠臣がいたことも見落とすことはできない。


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