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2019年12月31日
「子規句集」より(柿)
柿熟す愚庵に猿も弟子もなし

子規は、床に伏すようになってからも食欲があった。
柿も好物で、代表作
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
がある。
今は家には誰もいない。
柿を取って食べたいと思うが体が思うようにならない。
猿さえいてくれればと思う。

子規は、床に伏すようになってからも食欲があった。
柿も好物で、代表作
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
がある。
今は家には誰もいない。
柿を取って食べたいと思うが体が思うようにならない。
猿さえいてくれればと思う。
2019年12月30日
「子規句集」より(蚊帳)
君を送りて思うことあり蚊帳に泣く

「送秋山真之米国行」の前書きあり。
秋山真之は、郷里松山の親友である。
海軍に入り、後の日露戦争の日本海海戦で大胆な戦法を発案し大勝利に導いた。
子規は、自分の体のことを考えると、これが最後の対面になると思ったのであろう。

「送秋山真之米国行」の前書きあり。
秋山真之は、郷里松山の親友である。
海軍に入り、後の日露戦争の日本海海戦で大胆な戦法を発案し大勝利に導いた。
子規は、自分の体のことを考えると、これが最後の対面になると思ったのであろう。
2019年12月29日
「子規句集」より(しぐれ)
烏鳶をかえり見て早くしぐれんか

鳶に烏がかえり見て「しぐれんか」と問いかける。
実際には、カアとないただけなのだが、烏と鳶を擬人化したところが面白い。
鳶の返事は書いていない。
俳句は童話ににはならない。

鳶に烏がかえり見て「しぐれんか」と問いかける。
実際には、カアとないただけなのだが、烏と鳶を擬人化したところが面白い。
鳶の返事は書いていない。
俳句は童話ににはならない。
2019年12月28日
「子規句集」より(みぞれ)
棕櫚の葉のぱさりぱさりとみぞれけり

棕櫚の木は葉を落としながら毎年成長してかなりの高木になる。
春には黄色のつぶのような実をつける。
今は冬である。
棕櫚の葉が揺れ、みぞれになっている。

棕櫚の木は葉を落としながら毎年成長してかなりの高木になる。
春には黄色のつぶのような実をつける。
今は冬である。
棕櫚の葉が揺れ、みぞれになっている。
2019年12月27日
「子規句集」より(凩)
凩や禰宜帰り行く森の中

奈良公園から近くに原生林があって緑が深い。
落葉樹は少なく照葉樹の森である。
高畑町から春日大社に抜ける道に「禰宜の仲道」という道があった。
春雨や禰宜の仲道一人行く

奈良公園から近くに原生林があって緑が深い。
落葉樹は少なく照葉樹の森である。
高畑町から春日大社に抜ける道に「禰宜の仲道」という道があった。
春雨や禰宜の仲道一人行く
2019年12月26日
「子規句集」より(冬籠)
冬籠あるじ寝ながら人に逢う
冬籠長生きせんと思いけり
俳句2句は、極めて明解である。
子規は、病状が進行し、病床に伏すことが多くなった。
「病状六尺」の随想があるが、生きる空間が狭くなっていく。
けれども来訪者は多かった。
夏目漱石や河東碧梧桐など。
碧梧桐のわれをいたわる湯婆哉
漱石を松山に送る時は
寒けれど富士見る旅は羨まし
いずれも明治29年の句である。
冬籠長生きせんと思いけり
俳句2句は、極めて明解である。
子規は、病状が進行し、病床に伏すことが多くなった。
「病状六尺」の随想があるが、生きる空間が狭くなっていく。
けれども来訪者は多かった。
夏目漱石や河東碧梧桐など。
碧梧桐のわれをいたわる湯婆哉
漱石を松山に送る時は
寒けれど富士見る旅は羨まし
いずれも明治29年の句である。
2019年12月25日
2019年12月24日
「子規句集」より(朝の秋)
砂の如き雲流れ行く朝の秋

起きてみると、流れてゆく雲がある。
その雲を砂の如きと表現している。
常に雲が形を変えるのは、無常観と言い換えても良い。
いのちありて今日の秋も涙かな
この句が前にある。

起きてみると、流れてゆく雲がある。
その雲を砂の如きと表現している。
常に雲が形を変えるのは、無常観と言い換えても良い。
いのちありて今日の秋も涙かな
この句が前にある。
2019年12月23日
2019年12月22日
「子規句集」より(薔薇)
薔薇剪って手づから活けし書斎かな

子規は、華道を学んだわけではないが、部屋に花を活けることにまめであった。
この句の前に「病間あり」と書いている。
植物の生気を身近に感じたい気持ちが強かったのは病気無関係ではない。

子規は、華道を学んだわけではないが、部屋に花を活けることにまめであった。
この句の前に「病間あり」と書いている。
植物の生気を身近に感じたい気持ちが強かったのは病気無関係ではない。
2019年12月21日
「子規句集」より(衣更)
人は皆衣など更えて来たりけり
「病中」の前書きがある。
子規は、病床にあり更衣に無頓着になる。
それだけに来訪者の衣更に目が行くのである。
朝顔の一輪咲きし暑さかな
また、暑い季節がやって来る。
「病中」の前書きがある。
子規は、病床にあり更衣に無頓着になる。
それだけに来訪者の衣更に目が行くのである。
朝顔の一輪咲きし暑さかな
また、暑い季節がやって来る。
2019年12月20日
「子規句集」より(萌え)
萩桔梗撫子なんど萌えにけり
前書きに「病起小庭をありきまわり」とある。
病気のために一人で遠出はできなかったのである。
子規庵に植えられた草花で春の到来を感じられる。
子規庵は、上野に近く、桜の名所で大勢の花見客があるが、自分の家の庭で満足できる。
前書きに「病起小庭をありきまわり」とある。
病気のために一人で遠出はできなかったのである。
子規庵に植えられた草花で春の到来を感じられる。
子規庵は、上野に近く、桜の名所で大勢の花見客があるが、自分の家の庭で満足できる。
2019年12月19日
「子規句集」より(猫の恋)
内のチヨマが隣のタマを待つ夜かな

漱石の「吾輩は猫である」の猫は名前がなかった。
子規の家に住み着いている猫は名前があった。
句から想像するに雌のようである。
春は、猫の恋の季節である。

漱石の「吾輩は猫である」の猫は名前がなかった。
子規の家に住み着いている猫は名前があった。
句から想像するに雌のようである。
春は、猫の恋の季節である。
2019年12月18日
「子規句集」より(凧)
緑子の凧あげながらこけにけり
小さな子供だから、空高く挙げる凧を操っているわけではない。
上を向いてなんとか凧を挙げる姿が微笑ましい。
ついつい夢中になって、足もとを見ないので転んでしまった。
私も凧挙げの句が一句ある。
しかも最初の句である。
京都の平安神宮の近くだった。
青空に鼓舞して高き凧の舞
小さな子供だから、空高く挙げる凧を操っているわけではない。
上を向いてなんとか凧を挙げる姿が微笑ましい。
ついつい夢中になって、足もとを見ないので転んでしまった。
私も凧挙げの句が一句ある。
しかも最初の句である。
京都の平安神宮の近くだった。
青空に鼓舞して高き凧の舞
2019年12月17日
「子規句集」より(暖)
赤飯の湯気あたたかに野の小店
春の風景である。
ふらっと散歩に出ると赤飯を炊いて売っている店がある。
その湯気の暖かさに惹かれて近くに寄ってみる。
買い求めたかはわからないが、食通の子規であるから買って食べずにはいられないだろう。
春の風景である。
ふらっと散歩に出ると赤飯を炊いて売っている店がある。
その湯気の暖かさに惹かれて近くに寄ってみる。
買い求めたかはわからないが、食通の子規であるから買って食べずにはいられないだろう。
2019年12月16日
2019年12月15日
「子規句集」より(夏木立)
夏木立幻住庵はなかりけり

松尾芭蕉が近江の人と交わり、身を寄せたのが幻住庵である。
名文「幻住庵記」を書いている。
その中に
先ず頼む椎木もあり夏木立
という句が詠まれている。
芭蕉は自炊もしたらしく、庵の近くに泉があって「とくとくの清水」と呼ばれている。
今日では建物が復元されているが、子規が訪ねた時は、史跡を記す案内ぐらいだったろう。

松尾芭蕉が近江の人と交わり、身を寄せたのが幻住庵である。
名文「幻住庵記」を書いている。
その中に
先ず頼む椎木もあり夏木立
という句が詠まれている。
芭蕉は自炊もしたらしく、庵の近くに泉があって「とくとくの清水」と呼ばれている。
今日では建物が復元されているが、子規が訪ねた時は、史跡を記す案内ぐらいだったろう。
2019年12月14日
「子規句集」より(川蝉)
川せみやおのれみめよし魚沈む

川蝉は美しい羽根の色をしていて、魚を捕まえる名人でもある。
魚も川蝉に獲られないように水深く身を避難する。
枝に止まっている川蝉、川の魚に目をやっている。

川蝉は美しい羽根の色をしていて、魚を捕まえる名人でもある。
魚も川蝉に獲られないように水深く身を避難する。
枝に止まっている川蝉、川の魚に目をやっている。
2019年12月13日
「子規句集」より(夏川)
夏川のあなたに友を訪ふ日かな
あなたは、彼方の意味。
有名な詩がある。
「山のあなた(彼方)の空遠く。幸い住むとひとのいう。・・・・・」
作者は、カール・ブッツセ。訳は、上田敏である。
子規の友人は、川の上流ないし下流に住んでいて、それも遠い。
夏の川を眺めながら歩いて行く。
夏川の涼感も伝わってくる。
あなたは、彼方の意味。
有名な詩がある。
「山のあなた(彼方)の空遠く。幸い住むとひとのいう。・・・・・」
作者は、カール・ブッツセ。訳は、上田敏である。
子規の友人は、川の上流ないし下流に住んでいて、それも遠い。
夏の川を眺めながら歩いて行く。
夏川の涼感も伝わってくる。
2019年12月12日
「子規句集」より(五月雨)
かち渡る人流れんとす五月雨
五月雨でも川の水が増水することがある。
歩いて川を渡るのが大変そうである。
かちは、徒士(かち)という武士の身分があった。
戦場に出て徒歩で戦う武士である。
五月雨といえば芭蕉の
五月雨を集めて早し最上川 があるが、子規は
五月雨や大河の前に家二軒
の蕪村の句を評価した。
五月雨でも川の水が増水することがある。
歩いて川を渡るのが大変そうである。
かちは、徒士(かち)という武士の身分があった。
戦場に出て徒歩で戦う武士である。
五月雨といえば芭蕉の
五月雨を集めて早し最上川 があるが、子規は
五月雨や大河の前に家二軒
の蕪村の句を評価した。