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2016年02月16日

湯河原の梅林(2016年2月)

 熱海に近い、湯河原は、古くからの温泉地で文人墨客にも愛された。夏目漱石、与謝野晶子、芥川龍之介、谷崎潤一郎といった文人。画家の竹内栖鳳、安岡曽太郎も湯河原温泉にゆかりがあるようである。湯河原町立美術館に二人の作品が展示されている。道を挟んですぐ近くに、私学共済の宿泊施設、敷島館があり、チェックインには早いので入館することにした。町立の美術館というのもあまり聞かない。小さな自治体で美術館を運営するのは、大変なことは容易に想像される。廃業になった旅館を改造して美術館にしたらしい。
  

 竹内栖鳳も、安井曽太郎も晩年、湯河原に居を構えているのである。美術館で購入した図録で知ったのである。竹内栖鳳は、日本画家で文化勲章を受章している。安井曽太郎は、洋画家の重鎮である。二人とも、京都の出身であるというのも偶然だが面白い。
当日は、竹内礼二の企画展が開催されていた。雑誌文芸春秋の表紙絵を描いている画家である。彼が日本に持ち込んだ、モネの蓮は冬眠中だったが、裏庭にある池には、河津桜の花びらが、冬には珍しい、春の嵐のような風に散っていた。
 今回、湯河原に宿をとったのは、友人の配慮である。現在は、国立大学の教授だが、私学にも籍を置いたことがあり、私学共済の会員の特権がある。以前にも宿泊したことがありお薦めの宿だと言う。築は古いが、湯も良し、食事も良し、もてなしも良し、彼の見立てのとおりの宿だった。別に部屋をとり、気ままな逗留となった。
 一日中宿に篭るのも別に気にならない。本を携帯しているから、読書に耽ることも普段の習性として自然な休日の過ごし方である。なによりも、再会の雑談も話題に共通点があるので意味がある。将棋の対局もいつもの温泉宿での楽しみになっている。接戦になるが最近は分が悪い。お酒のせいにはできないが、寄せは彼の方が鋭い。今回も敗戦となった。囲碁対局は、勝利となったが、お互いザル碁で、傍で観戦する高段者がいたら、赤面ものである。将棋も囲碁も手談だと思っている。会話である。
 

 そんな彼が、宿から連れ出した。梅の花を見に行こうというのである。湯河原の梅林は有名である。幕山の麓に、約四千本の紅白の梅が植えられている。まだ、二、三分咲きだというが、見る価値はある。なるほど、梅を春告草というのも分かる。幕山の雑木は、冬枯れのままである。満開になれば、まるで吉野の梅版だと思った。梅林を散策すると、岩山で良く梅が植えられたと感心するばかりである。傾斜地に梅は植えられるが、それなりの土壌である。鑑賞が目的の梅林なのだろう。収穫するのには環境が悪いし、集荷するに値する品質は、この農園では困難であろう。
 我が家も梅農家の端くれ。梅には愛着がある。三月になれば、梅の花が咲く。梅の香りは格別である。その、梅の畑の一角に、もう少しで庵が完成する。来年の春には、彼を招けるようにするつもりである。収穫した梅を送ると、器用に漬ける趣味もある。新築祝いに、スモモの苗を贈ってくれるらしい。品種も決めていて、「大石早生」という名前らしい。
 湯河原と言えば、この地を有名にした文人がいる。国木田独歩である。宿に持参して『武蔵野』を久しぶりに読んだ。今は、ほとんど消滅してしまった平地の雑木林は、日本人とっては懐かしい風景である。『武蔵野』は短編であるが、俳句のような趣がある。
 山は暮れて野は黄昏の芒かな
国木田独歩は、蕪村のこの句を文章の中に引用しているが、まさに『武蔵野』の一風景を切り取った情景のように思える。


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