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2016年02月29日

皇居御濠端巡り(2016年2月)

建築当時の東京駅に復元修理されたレンガ造りの建物はいつ見ても美しい。また、丸の内の駅前も開発が進み、景観が変わった。丸ビルは高層化し、中央郵便局も少しは、昔の面影を残しているが、「キッテ」として生まれ変わっている。地下街も整備中である。
皇居は、明治の遷都によって、天皇の居住する場所になったが、徳川幕府の居城であった。堀を巡らせ、今も広大な敷地を都心に残している。北の丸のあった武道館あたりも江戸城の一角であったが、今は公道で仕切られている。その道の御濠端の歩道を歩いて千鳥ヶ淵に抜けるコースで、皇居を一周することができる。その距離が、約5キロだというので、ハイキング同好会のメンバーと歩いてみようということになった。
この日は、東京マラソンが開催されている。皇居前を通る国道一号線もコースになっている。参加者3万7千人とあって、ランナーの列はなかなか切れそうにない。横断するのは諦めて、時計と反対周りに歩く。東京消防庁の建物を過ぎて地下通路があり、御濠端の歩道に出ることができた。御濠から皇居の緑を見るのは何よりも散歩気分にさせてくれる。まず目に入ったのは、古代の宮廷人らしい像である。随分と大きい。腰に剣を挿し、笏を持っている。
「聖徳太子かな」


とメンバーの一人が呟く。像の周辺が工事中で立ち入り禁止になっており、確かめようも無い。帰ってから調べて見ると和気清麻呂像だと分かった。佐藤朝山の作品で、紀元2600年(昭和15年)に建立された。和気清麻呂は、奈良時代の末の人で、万世一系の天皇制の断絶を救った人物である。なるほどと納得した。
日比谷公園には、高村光雲をリーダーとして10年近くを費やした楠木正成像がある。騎馬像であるが、こちらは小学校の修学旅行以来会っていない。明治33年に建立されていて、住友財閥が資金を出している。和気清麻呂も楠木正成も忠臣ということである。近くに観光バスの停車場があって、大勢の中国人観光客がこの像にカメラを向けている。

平川門から、皇居の中に入ることができた。無料で入園できる。椿や梅が咲いている。広々とした場所に出ると、一段高い石垣が目に入る。江戸城の天守閣があった場所である。三代将軍家光の時代に焼失し、それ以来再建されていない。世は平和となり、為政者はその必要を感じなかったということだろうか。
本来の目的に戻り、濠の外に出る。千鳥ヶ淵公園には桜が多く植えられている。種類は多いが、開花には早い。お濠は深く、広い。半蔵門近くまで公園が続く。国会議事堂の建物も姿を見せる。最高裁判所、国立劇場の建物を通り過ぎていく。桜田門をくぐれば二重橋である。この門の外で井伊大老は暗殺された、その近くには、警視庁や各省庁の建物が集中している。いわゆる霞ヶ関官庁街である。自然豊かな皇居と周囲を近代ビル群が囲み、政治経済の枢要な建物が林立する様は、なんとも言えない風景である。




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